ロボバトン記述した
★パソコンまたは本棚に入っている『ロボアニメ』に関するものは?
OP・EDのmp3がパソコンの中にどっちゃり。
本棚の中の奥深くには、「戦闘メカザブングル設定資料集」とか「イデオンという伝説」とかその手の本がどっちゃり。
★今妄想している『ロボアニメ』に関する事は?
俺の脳内で常に放送中のロボバトルドラマを、是非アニメ化してくれんかね。
★最初に出会った『ロボアニメ』は?
●マジンガーZ
個々のエピソードはほぼ完全に忘れ去っており、なーんも覚えていない。
ただ、その絶対的な強さ・存在感、憧れを受け止めるシルエットは忘れようがない。
この間、たまたま見せてもらった劇場版「マジンガーZvs暗黒大将軍」は素晴らしかった。
★特別な思入れのある『ロボアニメ』は?
●勇者ライディーン
コンバトラーVとどちらにしようかと思って、こちらに。
もうね、非工業生産品系のロボアニメは、既にこの時点で「完成」している気がするね。
ミステリアスな出自。操縦者と一体化する操縦法。操縦者にフィードバックするダメージ。秘められた禁断の武器。
今だからこそ、途中の路線変更とか、伏線のほっぽりだしとかあるのがわかるけど、当時のガキには全くどうでも良いことで。
強くて、カッコよくて、しびれる存在だった。
●装甲騎兵ボトムズ
今度は、工業生産品系ロボアニメの最たる物をひとつ。
とにかく主人公・キリコがカッコよかった。そのカッコよさを遺憾なく表現したのが、ATというロボットだった。
「機動戦士ガンダム」において、結局ガンダムは「スーパーロボット」だった。
でもボトムズにおける「スコープドック」は見事に「単なる工業製品」であり、試作品でも特別仕様でもなかった。傷つき、壊れ、修理し、また壊れる。そしたらどうする? 乗り捨てるに決まってる。
これは本当にエポックメイキングな事で、未だにロボアニメの中でボトムズが特別な位置にあるのは、この「強い主人公が量産品を乗りこなす」要素だと思う。おかげで軍事メカオタクをも引き付ける。
ガンダムを卒業していた僕にとって、ボトムズの「香り」はたまらなく大人で、カッコよかった。
●戦闘メカ ザブングル
楽しかった。
そう言い切れるロボアニメは、案外少ない。
ザブングルは(途中の中だるみはあったけど)最終回まで「走りきった」作品で、ノリを重視。大枠のストーリィの中で、キャラが精一杯動いてる、そんな印象のアニメだった。
今では必須の様に起こる「主役メカの交代」を最初にやったのが、確かこれ。
おもちゃの都合で生まれたザブングルは、他の「工事現場にありそうな」ロボの中であまりにも人型過ぎて、違和感が。そこへ現れた新主役メカ・ウォーカーギャリアのシルエットの頼もしいこと。主役・ジロンの低重心フォルムをそのまま写し取ったようなガタイが、かえってカッコよかった。
●重戦機エルガイム
これを見ていた頃、僕は中学3年生。
最終回が気になって気になって、受験勉強に集中しろという両親とケンカしたのを今でも覚えている。
エルガイムと言えば、永野護。その描線、スタイルが、当時の僕にはお洒落に見えた。
画面には出ずに秘められた設定の数々に、世界の深さ、みたいなものを感じた。
だから、今、設定オタクみたいな作品に飛びつく子供たちを見ると、イタタタタと思って苦笑いしてしまうのだ。
●機動新世紀ガンダムX
ファーストでもGでもターンAでもなく。
あえてこのガンダムを選んでみよう。
個々の演出やキャラ造形は置いといて。シリーズ構成として、一つの物語として、僕はこのガンダムXを未だに高く高く評価している。
ファーストを思わせる「地球vsコロニー」の大戦争、「その後」の少年少女の物語。ボーイミーツガールに始まるこの話は、最後には地球とコロニーの運命までつながる大きな話になっていく。それにあわせて、主人公の少年は成長していくのだが・・・これが「ちゃんと成長を実感できる」ようになっているのが良かった。
最初は、ホントちょっと操縦が上手い「ただのガキ」で。それでもがんばろうとして、失敗し。落ち込んでみたり、また張り切ってみたりを繰り返す。
旅を重ね、視界が広がり、出会いと別れの中で少年は確実に成長する。
その証明が全乗組員一丸となって少年を宇宙に送る「飛べ、ガロード!」であり、彼らの意思を背負い一人宇宙へ渡った少年が、ついに鮮やかな手並みで少女を奪還する「月が見えた!」ではカタルシスさえある。それも、戦闘シーンで敵を撃破して、という表現ではないところが素晴らしい。
とまあベタ褒めするガンダムXであるが、打ち切りとなる。直前のガンダムWが、キャラ人気に支えられ、オリジナルビデオやらの展開を見せたのとは対照的となった。
さらにその後のガンダムSEEDにて、そのシリーズ構成面でのガタガタと圧倒的キャラ人気に、ため息をつかざるを得ない。そんな意味で、ある意味象徴的な番組でもあった。
●勇者王ガオガイガー
最後に、やはりガオガイガーを挙げておこう。
マイトガインとどちらにしようか、かなり迷った。
ガオガイガーは、とにかく贅沢な面白さであった。厚みのある科学考証に熱いキャラクターと熱いストーリィ、デジタル処理とバンクを上手くつかって、画面の質を高くキープ。
その最たるものが第15話「狙われたGGG」だろう。「本部強襲」「偽ガオガイガー」「合体不能」とそれぞれ1話つくれるネタをこの1話にそそぎこみ、バンクシーンの合体にキャラのアップをはさむことで見事に熱い「勇気の合体」に仕立て上げてしまった。素晴らしい。
が、しかし。残念なところも、ある。
木星編以降、そして特に「FINAL」は「失敗」という気がしてならない。というのは、戦場が地球から離れてしまったために、「彼らはあくまで地球のみんなを守るために戦っている」というのがわかりづらくなってしまった。守られているみんなの姿が同じフレームに入ってこないのである。
特に、FINALでは舞台がさらに遠くなり、勝った負けたを繰り返してお互いの因縁を打ち出せば出すほど「みんなを守る勇者」の姿が遠くなってしまった。勇者王の最後としては残念なものだったと思う。製作側が、「遠く離れた場所で、みんなを守りながらも帰れず去っていく勇者」の美学に囚われ過ぎたと感じている。